編集後記

憧れに背を向けて

1月、ある読書会に参加した。2018年のオススメ本を1冊ずつ持ち寄る趣向だ。私が紹介したのは『中央銀行』(東洋経済新報社)。日銀前総裁が著した大著だが、何より職業人としてのありようが印象的だった。 昨今、「組織にとらわれない自由な働き方」が…

身体を運んだ時間

岩手県沿岸の三陸鉄道を取材したのは昨年2月のこと。3月、震災から復旧したJR線が三陸鉄道に移管され、運行再開するという報道を機に、1年前の道中が思い返された。 すし詰めの代替運行バスで高校生に交じって身を縮め、乗り換え待合所の寒さに凍えた時…

忘れられない言葉

書いた記事で訴えられたことがある。通信社の駆け出し記者だったころだ。スクープではない。他紙の後追い記事で一緒に訴えられた。 訴訟経験者(こちらはスクープで)の大先輩が電話してきてくれてこう言った。「ウソはつくな」。当たり前に聞こえるが、法廷…

聞き流せない話

特集の編集作業が佳境に入る週には、静岡の母に2泊3日で来てもらい、子どもの世話を頼んでいる。校了翌朝は、一人暮らしの母の話し相手を務めるのが常だ。 先日もそうして相づちを打っていると、話の中身にどうも引っかかる。「S銀行から保険を乗り換える…

言葉を失う風景

フェイスブックの写真にあぜんとした。台風21号が西日本に大きな被害をもたらした直後、9月6日のことだ。兵庫県西宮市のビーチリゾートががれきに覆われている。 投稿した斉藤健一郎さんは、9月11日号の「会社を買う売る継ぐ」特集でレストラン事業を引き…

言えなかった言葉

「私は息子に継いでくれと言えなかったんですよ」。6年前、62歳で死を前にした父が、病床を見舞った私の夫に問わず語りにつぶやいた。 実家は静岡で緑茶の製造卸小売業を営んでいた。父の死とともに事業を畳み、自宅1階の店舗はがらんどうでシャッターが下…

胸に刻み込まれた言葉

最初に編集部に来てから、10年がたとうとしている。初期に出会った方々の言葉は、今も胸に刻み込まれている。 問いを立てることの大切さを教えてくれたのは、日本株ストラテジストの北野一さん。これは後に、経済学者の浜矩子先生にもたたき込まれた。 デー…

何を贈ることができるのか

ネットが浸透したなか、紙媒体の価値をどこに見いだすか。スピード、情報量、双方向性は圧倒的にネットが勝る。連載「ネットメディアの視点」で編集長の方々に寄稿いただいているが、ネットの特性を生かしたコンセプトを拝読するたび、問いは我々自身へと向…

Uターンならぬ孫ターン

山口県への移住相談に携わる友人の誘いで先日、東京国際フォーラムで開かれていた「やまぐち暮らしフェア」へ出掛けた。各市町がブースを出し、暮らしやすさや移住支援策をアピールしたりしている。 スタッフTシャツを着た友人に、若い男性が声をかけた。周…

もう一度、クリスマスの行列

折に触れて思い出す光景がある。2003年のクリスマス、赴任していた佐賀でのことだ。 地銀S銀行に行列ができた。「潰れるそうだから全額引き出した方がいい」。信じた女性が友人に送った携帯メールが広がった。 当時、何か金融不安があったわけでもない…

甘えへの喝

取材先の言葉に凍りついた。「資料をちゃんと読んできたのか。サービスを使ってみたのか。それならそんな質問はしないはずだ」。準備不足は明らかだった。「こちらは時間を割いている」。席を立つ背に頭を下げるしかなかった。 読者の代わりに尋ね、伝える。…

思い返す夏

2005年の夏は暑かった。小泉純一郎首相が仕掛けた郵政解散で降ってわいたような総選挙。私は佐賀県じゅうを取材で右往左往していた。 印象に残っているフレーズがある。佐賀駅前の選挙演説だった。「民営化で流れ出す350兆円の郵便貯金がこの佐賀にも…

運転なんかしたくない

車の運転が苦手だ。それなのに、地方で取材していた5年間は不可避だった。あちこちぶつけるのは日常茶飯事、「人に危害を加えてしまうような事故を起こしませんように」と毎日、神様に祈った。東京に来る前に車を手放すと、肩の荷が下りた心持ちがした。交…

車両工場で目にしたもの

この号の取材でヘルメットを被ること5回。各社の車両工場や研究施設にお邪魔した。説明を聞きながら必死に観察する現場で、目の隅、耳の端に止まったことが印象に残っている。 タイ・バンコク、パープルラインの車両基地でのこと。案内役の総合車両製作所の…

よみがえる絶版本

「良い本があるけれど、絶版で読者が手に入れづらいかと思い、やめました」。黒木亮さんがこう仰ったのは、2009年末発売号「経済小説作家の本棚」で書評を執筆いただいた際のこと。“絶版”の言葉が気にかかり、「今度はぜひ、絶版本に限った書評をお願い…

最期の日々に

実家の片づけという言葉は2014年の隠れ流行語大賞ではないかと思うほどよく見かけた。その文字を見るたび、そしてガランとした実家の一室に泊まるたび、胸がしめつけられる思いがする。 3年前に祖父が他界すると、父は猛然と遺品を処分した。それに留ま…

「日本沈没」させない

1月に、編集部の先輩の強い薦めで『日本沈没』(小松左京著)を読了した。地殻変動で日本列島が海中に沈む――。それを予測した研究者らが退避計画を進める物語だ。 東日本を地震と津波の大災害が襲った。かけがえのないものがあまりに多く失われたことと、今…

「いなほ」の旅

1月18日号「コメを食う」特集の取材で昨年12月、秋田〜山形〜新潟とその名も「特急いなほ」で巡った。車窓には刈り取り後の稲の株が並ぶ田んぼが続く。ちょうど今季初の寒波が到来し、秋田は横殴りの雪だった。 秋田県大潟村で生産者の1人に尋ねた。「普段…

迷える子羊

「物事にさまざまな側面があるなんて当たり前。雑誌の特集はそれを1つの視点で切り取って作れ」。特集の担当になった時に先輩から言われた。それでも、大事な点が抜け落ちていたのではないかと思うことがある。 11月2日号「職場のうつ」特集もその1つ。…

子の泣き声が響く時に

同年代の友人達は次々と子を持つようになり、会う時は自宅にお邪魔することが多い。 先日も友人が夕飯の支度をするかたわらで子ども達と遊んでいると、ぐずりだした2歳の女の子がどうにも泣き止まない。彼女が「眠いのね。寝かしつけるわ」とおぶっても激し…

メール>電話?

原稿執筆や取材をお願いするという仕事の性格上、日々、面識のない方に連絡をとる機会が多い。その時にどのような手段を使うのかは、なかなか悩ましい。 社会人になって9年。環境によって違うのかもしれないが、当初は「いきなり電子メールで連絡するのは失…

“つぶやき”の対極に

フレッシュマンが街にあふれる4月。9年前、就職が決まらないまま大学を卒業し、リクルートスーツを着ていたことを思い出す。 前年の秋、父に「家業を手伝ってもいいか」と泣きついた。ほどなく手紙が届いた。家業を継いでからの苦闘と「やりたいことを追い…

山里からの便り

毎日、家に辿り着いてポストを開けるとチラシにダイレクトメールばかりだから、たまに交じる私信はうれしい。先日、かつて勤務していた四国・徳島の山深い地から2通の封書が届いた。どちらの名も平成の大合併で変わったが、以前の村の方がしっくりくる。 1…

物語の力

弊誌はもとより、経済の記事では、主語が「日本は」「米国経済は」と国だったり、企業名だったり、あるいは「GDPが」などと経済指標であったりすることが多い。 当たり前だが、それぞれの主語に意思はない。組織は個々の人間の集まりだし、指標は行動の結…

コウノトリは後から来て

いつのまにか周りの友人に父・母が増えた。31歳既婚。最近はセクハラだとかで、子どもはどうするの?との質問には、同席する人からNGが出るのが常だが、取材で人に根掘り葉掘り尋ねてきて、自身のプライバシー云々は言い難い(はぐらかすことはあるが)…

今の名前で出ています

編集部に入って、同時に「黒崎」の名を使い始めて、もうじき1年になる。 前の職場にいた時に結婚し、何も考えず旧姓(川口)のままでいたが、辞めて迷った。なぜか履歴書は戸籍名でないといけないように思った。働き出す時に改めて考えようと。 だが、採用…

玉虫色とはどんな色

2月3日号の「問答有用」でインタビューした宮本博司さん。国土交通省淀川河川事務所長として住民参加の河川整備を目指し、退職後は淀川水系流域委員会の委員を務める。「自分が正しいと思い込むのは苦しい。なるほどと思ったら修正するほうが、よっぽど自…

笑って泣ける芝居

かつて福岡に住んでいたのに、なぜ観なかったんだろう。昨年、福岡を訪れて初めて観た「かぶりもの劇団『ギンギラ太陽’s』」の舞台に、惹きつけられた。 演劇の題材は福岡の地元ネタばかり。繁華街・天神のデパートたちの栄枯盛衰に、地元の銘菓「ひよ子」…

クリスマスの行列

例年この時期になると思い返すのが、佐賀にいた5年前の12月25日のことだ。 取材中に先方が「こんなところにいていいの?」と奥さんからの携帯メールを見せてくれた。ほどなくして先輩から電話。「大変なことになっている。早く戻って来い!」。 S銀行…

電車ひと模様

この間まで、佐賀、徳島と人口80万人規模の県で記者の仕事をしていた。通勤も取材も移動はクルマ。ラジオが友達だった。 東京では電車の移動が主だ。都会には情報があふれているというが、電車の中も例外ではない。乗客の様子、とりわけ何を読んでいるのか…