胸に刻み込まれた言葉

 最初に編集部に来てから、10年がたとうとしている。初期に出会った方々の言葉は、今も胸に刻み込まれている。
 問いを立てることの大切さを教えてくれたのは、日本株ストラテジストの北野一さん。これは後に、経済学者の浜矩子先生にもたたき込まれた。
 データを触ることで変化を感じ取れると教えてくれたのは、レアメタル専門家の中村繁夫さん。専門商社の社長になってからも、気になる鉱物の価格は自分でグラフ化するという。
 そして、グラフを扱う時には、本誌「独眼経眼」で今も執筆するエコノミストの藻谷俊介さんの教えを思い返す。前年比など変化率に惑わされず絶対値の動きを捉えること、軸のとり方で印象が変わること。恣意(しい)的にならず、かつ分かりやすいグラフを意識するようになった。
 経済動向をテーマにしながら、物事に向き合う姿勢を教えていただいてきた。

 

(『週刊エコノミスト』2018年6月5日号 編集後記)

何を贈ることができるのか

 ネットが浸透したなか、紙媒体の価値をどこに見いだすか。スピード、情報量、双方向性は圧倒的にネットが勝る。連載「ネットメディアの視点」で編集長の方々に寄稿いただいているが、ネットの特性を生かしたコンセプトを拝読するたび、問いは我々自身へと向かう。
 最終ページで始めた連載「ローカル・トレインがゆく」。かねてより、雑誌を手に取った時に目につきやすいこの欄を、ふと目をとめ、引き込まれるようなものにできないかと考えていた。
 せわしない日常に、ここではないどこかへと思いを馳せる一瞬を贈ることができたら、うれしい。
 鉄道は地方で、移動手段としてクルマに押される。そのなかで新たな価値を見いだす試みを伝えたい。
 観光列車「伊予灘ものがたり」の前回、「沿線から手を振る、乗客が手を振り返す」という下りがあったが、私も先日、とある列車に取材で乗った際にこれを体感した。
 見知らぬ人同士がつかの間、笑顔で手を振り合うのは、なんとも気持ちが和らぐひとときだった。

 

(『週刊エコノミスト』2017年12月12日号 編集後記)

Uターンならぬ孫ターン

 山口県への移住相談に携わる友人の誘いで先日、東京国際フォーラムで開かれていた「やまぐち暮らしフェア」へ出掛けた。各市町がブースを出し、暮らしやすさや移住支援策をアピールしたりしている。
 スタッフTシャツを着た友人に、若い男性が声をかけた。周防大島に祖母の畑があり、将来的に移住を考えているという。すかさず友人がつないだのは、先ほどトークセッションに登場した周防大島で手作りジャムの専門店を開いて注目されている移住者だ。「孫ターンの方、お見えです」
 孫ターン? なんでも祖父母の地元に孫世代が移住することを指し、移住かいわいで定着してきた言葉という。背景には、都市部での子育てや働き方への違和感があるようだ。
 折しも8月15・22日合併号の担当特集「みんな土地で困っている」で、親が遺した田舎の家や田畑を持てあますという話をよく聞いた。都市部で長年働き、居も構えた中高年にとってUターンは選択肢にないかもしれない。ただ、厄介者の家や田畑も、見る目が変われば転機の縁、新生活のインフラになると気づかされた一幕だった。

 

(『週刊エコノミスト』2017年9月5日号 編集後記)

もう一度、クリスマスの行列

 折に触れて思い出す光景がある。2003年のクリスマス、赴任していた佐賀でのことだ。
 地銀S銀行に行列ができた。「潰れるそうだから全額引き出した方がいい」。信じた女性が友人に送った携帯メールが広がった。
 当時、何か金融不安があったわけでもない。降って湧いたような取り付け騒ぎだった。本店では現金が運び込まれ、銀行役員や日銀支店長が拡声器で訴える声が空しく響く。列に並ぶ人に話を聞こうとしたら、「アンタ潰れんって保証してくれるんかね」と詰め寄られ、返す言葉に窮した。
 1990年代の金融危機の際、銀行は押しかける預金者を会議室に誘導して人目につかないようにした、と連載「ネットメディアの視点」で土屋直也さんが書いていた。記者も報じないことで波及を防いだが、ネットが浸透した今、隠しおおせはしないだろう。
 銀行にお金を預けることも、貨幣自体の価値も、無意識の信用の上にある。どう揺らぐか分からない人々の心の上に。それが崩れるなんて別世界のようだが、足元の信用とは積み木に過ぎない、と脳裏の行列がクギを刺す。

 

(『週刊エコノミスト』2017年5月30日号 編集後記)

街に流れる時間の結晶のような映画「小名木川物語」

 
映画って今流れている時間を閉じ込めることができるんだなと思った。
小名木川物語」は、今この街に流れている時間の結晶のような映画。
今だけじゃない。これまで流れてきた時間も、記憶として織り込んでいた。
 
MOTサテライトといい、街が変わっていく最中に、記録の試みが重なる。
後から振り返ると、今が街のターニングポイントなのだろう。
 
変わることで大切なものが失われてしまいそうで胸がざわざわする。
けれども、映画を見ているうちに、移ろいゆくことを受けとめることができそうな気がした。
変わっても、変わらない。この映画は、きっとそのベースの1つになる。
 

 追記:クラウドファンディングが始まっています。

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