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10月22日 立場の逆転

昨年12月に父が他界した。62歳だった。
5年前にガンがわかり、10月に末期と告げられてから2か月後のことだった。

病室で、そして自宅で父の傍で過ごした日々を綴っておこう。
時間が経って記憶は少し薄れてしまったけれど、時間が経ったから整理できるところもあるし、思い返すとすぐに後悔に苛まされることは減ったから、よりフラットに捉えられるかな。

ほんとは父にまつわって見聞きした景色から、ヨノナカの現状とか仕組みとかに視点を広げてみたいと思っていた。でも、とてもそこまでは出来そうにないから、すべてが「*事情には個人差があります」という注釈つきです。

10月22日 月曜
外来に行く父に付き添う。

最初にガンが分かった時も、転移、再発が分かった時も、末期だという時にもどこかぴんと来ていなかった私が、決定的に事態が変わったのだとようやく気づいたのは、通院する父に付き添った時だった。

末期と告げられた後、急激に体調が悪化した父は、それまで自分で車を運転して通った病院にタクシーでなければ行けなくなった。歩くのもしんどそうなので病院の入口で備え付けの車イスに乗るよう勧め、押して廊下を進んでいく時、あぁ親との関係が逆転して、親をケアする立場になったのだという思いに打たれた。

大学から親元を離れて一人暮らしをし、社会人になって経済的にも自立し、結婚して自分の家族を持ち、実家にはたまに電話したり、盆正月に顔を出す程度。もともと高校までも進路もなにも自分で決めたりと、親に精神的に依存しているところはないと自分では思っていたけれど、親が移動に助けを必要とする事態に直面して初めて、心のどこかでは頼れると思っていた、頼っていたと分かった。そしてもう頼るのではなく、自分が支える立場になったのだと。

同時に、父を看ることと同時に、父がいない今後に不安を募らせる母を精神的に支えなければならない役割にも思い至った。

普通は自分の子どもが出来て、育てることで先に、自分が誰かを全面的に支える役割になるのだろうけれど、それがなかった私には、新鮮な衝撃でした。