村上春樹と山下達郎に通じるもの

山下達郎のベスト盤「OPUS」を買った。かれこれ5〜6年、日曜の午後はFMで「サンデー・ソングブック」を聴くのを楽しみにしている。夜、さっそくOPUSをかけると、タイトルはぴんとこないのに耳慣れた曲ばかり。伸びやかな声が心地よい。歌詞&解説ブックレットのイラストがかわいくて、曲を聴く前にそれだけでうれしくなってしまった。「クリスマス・イブ」では達郎さんはサンタ姿。「さよなら夏の日」では虫取り網を持っている。

ベスト盤を買うかどうかは、けっこう迷った。どのみちラジオで聴くし、とか、借りてiTuneに落とせばいいか、とかあまりにメジャーすぎるかしら(つまらんプライド)とか。手にとって、聴いてみたら全部吹っ飛んだ。
やっぱ買おうと決めたのは、7日日曜の朝日新聞beのインタビューを読んで。「CDがまだ健全な流通に乗っている間にベスト盤を出しておきたかった」という言葉に、自分もお金を出して形として持っておこうと思った。そして、午後の20周年記念「サンデー・ソングブック」がダメ押し。デパート上のCD屋は、入ったところに特設コーナーが大展開で、オリコンアルバム1位だそうですが、つまらんプライドもどこかにかき消えました。

サンデー・ソングブックは、達郎さん自らのレコード棚から1950〜60年代のオールディーズ中心に選曲・リマスタリング(音質調整)して送るラジオ番組。私はオールディーズどころか洋楽をあまり聴かないし、知識もまったくないけれど、達郎さんの愛はひしひしと感じる。そして、達郎さんが愛するオールディーズからたくさんのものを得て自分の音楽活動につなげているということも。きっと、レコードを聞きこむだけでなく、人々に届けるためにリマスタリングという手間暇をかけることで、より血肉となっているのだろう。

音楽で達郎さんがリマスタリングするなら、海外文学を翻訳するのが村上春樹だ。レイモンド・カーヴァージョン・アーヴィングティム・オブライエンという現代アメリカの作家から、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』『グレート・ギャツビー』『ロング・グッドバイ』など古典名作まで、著作と同じぐらい、いや著作以上の数を出している。自分の好きな作品を翻訳したいと思い、そして作家としての勉強のために翻訳をするのだという。翻訳は創作の滋養であり、言葉の使い方、文章のリズムのとり方、小説の構造を細かく実地に学んできたのだと。(『考える人2010年夏号』)。翻訳も辞書を繰りながら、ひとつひとつ言葉を正確に置き換えていくというから、かなり手間暇のかかるもの。

そうそう、米原万里のほぼ日の対談で印象に残っている言葉。

いろんな情報処理の雑用とか計算能力とか、
そういったいろんな筋肉を使っていて、
そのベースの上に創造力って花開くんです。

今、どんどんどんどんそれをそぎ落として、
創造力だけを残そうとすると、
ちょうどキャベツか玉ねぎみたいな感じ、
まんなかに、何が残るの?ということに
なっていくんじゃないかという気がしますね。

翻訳やリマスタリングは“創作”ではなく、“いろんな筋肉を使う”もの。そういう作業が大事だということをおふたりは分かっているのだろうな。しかも、ともに先人or異言語の作品を今の日本の世に受け継ぐ作業でもある。もちろん好きだから、とか必要に迫られて、とかで始めて続けているのだろうけれど。

両者の違い。
それは、達郎さんが代表作であり200万枚売れた「クリスマス・イブ」について、「作詞・作曲・編曲・歌唱など、総合的に考えてベスト5に入る1曲。息の長いミュージシャンほどベストヒット=ベストソングではないものですが、僕はベストヒット=ベストソング。幸せな音楽家人生です」(朝日be)と言うのに対して、村上春樹は『ノルウェイの森』を決してベストブックとは思ってはいないだろうということ。少なくとも『ノルウェイの森』が爆発的に売れ、(日本では)自身の代名詞とされていることにどうにもしっくり来ていないのは確か。

村上春樹にとってベストブックは何なんだろう。ドストエフスキーを尊敬し、60歳を越えて、より大きな作品を書こうと身体を鍛えつづける氏には、「それは次の作品だ」と言ってほしいけれど。『ねじまき鳥クロニクル』はベストの1つに挙げたい。『海辺のカフカ』『1Q84』は大部ではあるけれど、タイトルが先人へのオマージュであることが、代表作とするにはちょっと引っかかる。『1Q84』はアニメに出来そうだと思った。リトル・ピープルが空気さなぎを紡ぐシーンなんか特に。青豆に天吾、ふかえりのキャラも。『ノルウェイの森』は映画化されている。『海辺のカフカ』はロードムービーかな。カメラをカフカ君の視点にして。・・・と考えると、『ねじまき鳥』はどうにも小説以外の形が思い描けない。

話がそれた。
最後に両者のひそかなつながり、「ドーナツ・ソング」。
ドーナツを愛する村上春樹は『ひとつ、村上さんでやってみるか』で、読者からのメールへの返事にこう綴っている。

山下達郎さんの「ドーナツ・ソング」(正式なタイトルは忘れた)は聞いたことがありますか?あれ、とてもいいですよ。僕は好きだな。僕が好きでも、世間的にはべつにどうってことないのでしょうが。

いや、ドーナツ・ソングが正式なタイトルです・・・。
♪OH〜君とだけドーナッツ♪
ひたすら君とドーナツ食べたいと歌う歌。ミスドのCMソングだった。

もし村上春樹ノーベル賞をとったら(別にとらなくてもいいんだけど)、その時はサンデー・ソングブックに「ドーナツ・ソング」をリクエストしよう。
ちなみにOPUSのブックレット、「ドーナツ・ソング」のページにはコック姿でフライパン片手の達郎さんがいます。