山里からの便り

 毎日、家に辿り着いてポストを開けるとチラシにダイレクトメールばかりだから、たまに交じる私信はうれしい。先日、かつて勤務していた四国・徳島の山深い地から2通の封書が届いた。どちらの名も平成の大合併で変わったが、以前の村の方がしっくりくる。
 1通は、平家の落人伝説が残る旧東祖谷山村(現三好市)から。田舎であることを大事にしようと村内外の人々で作るグループ「活彩祖谷村」の市岡日出夫さんが、村の四季や出来事をB4判の表裏に手書きで綴った新聞を毎月送ってくださる。地元の「しわしわ(ゆっくり)と」という方言を思い出し、ふっと力が抜ける。
 もう1通は旧木頭村(現那賀町)でゆず農園を営む田村好さんから。那賀川の河口から上流に遡ること車で2時間。田村さんは細川内ダム建設に30年間反対を続けた。計画は中止となったが、ダムへの賛否で地元の人間関係が引き裂かれたとの悲嘆を伺ったことがある。お便りでは、今の八ッ場ダム等をめぐる問題でも「そこに居住する人達にはなんら責任はない」と思いを寄せておられた。
 高層ビルを縫って歩いていると、随分遠くに来てしまったと感じる。ここは日本の中心だが、日本のすべてではない。

(『週刊エコノミスト』2010年3月9日号編集後記)