10月30日 緩和ケア

10月30日 火曜
前日は空きがなく特別室に入ったが、緩和ケア病棟(のようなもの)に移る。

緩和ケア病棟では、手術や抗がん剤などの治療による回復が望めないがん患者に対し、痛みを取り除くことを主目的に心身両面からケアを提供される。ホスピス、と言った方が通りがいいだろうか。

近ごろでは、「苦痛を取り除く」という緩和ケア自体は、末期に限らず治療と並行して、また医学的な面に限らず行われるべきとされているそうだ。医師・看護師だけではなく、薬剤師、栄養士、ソーシャルワーカーなどがチームを組んでケアにあたる。

(のようなもの)と書いたのは、「緩和ケア病棟」を名乗るには専属医師の数など基準があって、ここの病院では医師がほかの病院に移ったため、緩和ケア病棟の看板を下ろしていたから。実際の役割は同じだということだった。

病棟のドアには小児科のような飾り付けが施されていて、病室はすべて個室。広々とした談話室にはピアノが置かれ、花壇のあるベランダに出ることもできる。家族が休憩できる和室やキッチンもある。
確かに緩和ケア担当の医師、薬剤師、栄養士はそれぞれ病室を訪れたが、どこまで連携がなされているかはよくわからなかったし、特に生活面、精神面へのケアらしきものもなかった。一度、一緒に10人ほどで回診に来た時には、あまりにものものしくて気後れした。

毎日のように訪れ、頼りにするのはやっぱり泌尿器科の主治医の先生だった。

父は前に手術の際、泌尿器科の病棟に空きがなく、この緩和ケア病棟に入院して、「何か雰囲気が違う。ここにはいたくない」と言っていたらしい。
治療が主目的の一般の病棟は看護師さんが慌しく行き来し、患者の出入りも激しい。がんを治すため、抑え込むために病院に通っていた当時の父は、静かで穏やかな緩和ケア病棟に違和感を感じたのだろう。自分は違う、と思ったのかもしれない。そして、緩和ケア病棟に入る状態になることを恐れていたのかもしれない。

この病棟で一番気に障ったこと。
ベッドに寝たままで入浴できることがウリらしく、その様子をポスターにして貼ってあるのだが、そこに「最期まで日常生活をサポート」と大きな文字が躍っていた。あまりに無神経だと思った(後にアンケートにも書いた)。そのポスターの前を父と通りかかるたび、父の目に入らないようヒヤヒヤしながら自分の体の位置を変え、遮った。

痛みの緩和自体は医療用の麻薬が投与される。それについては別項で。