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読んでくれと祈る声が聞こえる

人生と運命 1

人生と運命 1

ポーランド〜バルト3国〜モスクワを巡る旅から戻って間もないころ、twitterでたまたま見かけた@hongokuchoさんのツイートがきっかけだった。

ナチズムは片眼鏡をかけてやってくるのではない…仲間のように息づき、冗談を言い、平凡な人間のように飾らない態度をみせていた」

「物事の分かっていない者が演説をし…同じ言葉を話す人々が理解不能で憎み合ってることに20世紀の不幸の一つが悲劇的に表れていた」。

引用元は『人生と運命』(グロスマン)とある。ググってみると、書評がいくつか見つかった(この記事の一番下にリンクリスト有)。

小説の時代背景は、第二次世界大戦の帰趨を分けたスターリングラードでの独ソ攻防戦。グロスマンはソ連の従軍記者であり、ユダヤ人だった。グロスマンが「スターリニズムナチズムが胸像関係にあると見抜いていた」というところに惹かれて、3冊計1424ページ、13,965円也の大部を購入(旅費予算の余りを投じたということで正当化)。一夏かけて読み終えました。

何度、本から目を上げて思ったことか。「あぁグロスマン、あなたが綴った文章を私は確かに読んでいる」と。
彼が伝えようとしたことを分かっているのかどうかは、はなはだ心許ない。膨大な登場人物に次々と移り変わる舞台(戦闘指揮所、前線基地、ドイツの捕虜収容所、ガス室、ソ連ラーゲリ―収容所、家庭、研究所・・・)、何より時代背景に対する知識不足ゆえ、筋書きさえ理解がおぼつかない箇所が多々あったのだけれど、なんだろう、グロスマンが訴えかける声は聞こえる気がしたのだ。

思いあたったのが、並行して読んでいた『街場の文体論』(内田樹)の一節。
一貫して、「届く言葉」について語るなかで、師と敬愛する哲学者エマニュエル・レヴィナスの本についてこう綴っている。
「表層的なレベルではまったく意味がわからなかった。でも、その文章を書いている人の『わかってほしい』という熱ははっきりと感知できた。ほとんど襟首をつかまれて『頼む、わかれ、わかってくれ』と身体をがたがた揺さぶられているような感じがしたのです」

内田センセイは、メッセージは自分が受け手だと思う人がいて届く、というようなことを言っているけれど(意訳)、私は勝手に、この本の宛先(のひとつ)は私なのだと思った。この「奇跡のように生きのびた本」の。ソ連共産党は1960年の完成当時、出版を許さず原稿も没収。グロスマンは『人生と運命』の出版を遺言として1964年に死去する。託された草稿を友人2人が持ち出し、1980年にスイスで刊行された。日本の翻訳刊行はようやく今年に入ってから。やっぱり、というかみすず書房である。

同じみすず書房から出ていて、ナチス強制収容所で生き抜いたユダヤ人心理学者が綴った『夜と霧』(ヴィクトール・フランクル)を読むと、人はいかに苛酷な状況下でも崇高でありうるのだと思えた。でも、『人生と運命』では、人はあまりにもちっぽけで脆い存在だと思い知らされる。時に自由を保ち、気高くあっても、直後に失う。あるいは踏みつぶされる。理不尽で不条理な状況にただただ翻弄される。でもその理不尽と不条理を生んでいるのもまた人間なのである。1人1人の生き様に胸が痛い。

なんて苛酷な状況だったのだろう。自分が自らの脆さをここまで思い知らされずに済んでいるのは今の世に生きているからに過ぎないのかもしれない。苛酷な状況に置かれれば、彼らと同じような思いに囚われ、同じように振る舞わざるをえないのだろう。いや、今この環境下においても脆く愚かであるのに、ただ気がついていないだけなのか。

文章から沸き立つ、叫びというには淡々とした、でも切実な声音に、届いてくれという祈りが込められている。すべての内容をしっかり理解しようとせず、描写すべてを1つ1つ味わおうとせず、時に読み飛ばしてもいいとさえ思う(・・・私はけっこうそうだった)。メッセージさえ受信できれば。

とはいえ、少しでも読みすすめやすく、理解できるにこしたことはないので、大量の登場人物とその関係性を把握する一助として人物相関図を作ってみました。冒頭の画像をクリックして、さらに「オリジナルサイズを表示する」をクリックすると大きく表示されます。

登場人物はほぼ皆、アレクサンドラという初老の女性に連なる人々です。主人公といえる物理学者ヴィクトルは娘リュドミーラの夫。最初に出てくるモストフスコイ、ソフィヤは友人です。ロシア名はそもそも長くてなじみがない響きのうえ、時によって同じ人物でも愛称だったり正式名称だったりと違うので、これは誰のことか?というところでまず一苦労。流れでいくしかないです。
ソ連の軍人もたくさん出てくるので、人物相関図<軍隊編>も作りたいのですが、階級構造と地理的配置がいまいちよく把握できていないので、おいおい。コミサール=政治将校ということすらよく分かっていなかったぐらいです・・・。

あと、この『人生と運命』はスターリングラードの戦いをめぐる二部作の後編だそうで、前編にあたる『正義の事業のために』に登場人物の生い立ちや関係が詳述されているようです。確かに『人生と運命』では特に説明なく人物が次々に登場するし、ところどころで書かれていないことを前提にしている。この前編のポイントが3巻の末尾にまとめられているので、こちらを先に、あるいは登場人物がだいたい出そろったあたりで読んでおいた方が分かりやすいと思います。
1部末尾の解説は、グロスマンの経歴や作品の背景が詳しいけれど、本編の先に読むか、途中で読むか、後に読むかは好みが分かれるかと。

最後に書評のリンクリストです。

版元のみすず書房
グロスマン『人生と運命』 1 | トピックス : みすず書房

みすず書房のPR誌に寄せた赤尾光春氏の書評
ワシーリー・グロスマンの『人生と運命』とその周辺 - Togetterまとめ

毎日新聞沼野充義氏の書評
http://mainichi.jp/feature/news/20120506ddm015070022000c.html

FACTA発行人・阿部重夫氏のブログ
ついに出たグロスマン『人生と運命』邦訳:阿部重夫発行人ブログ:FACTA online