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生まれ変わる社

夏の唯一プチ旅は伊勢志摩へ。
近くの近鉄駅から伊勢神宮まで特急で一本という便利さに引かれて。

御朱印キップというのを買ったのだが、大阪ー伊勢市ー賢島を往復して4区間特急に乗り、それだけで普通の運賃なら1万円近いところが6000円。さらに伊勢市でバス乗り放題、博物館の入場券付き、内宮ガイドツアーも半額の500円、伊勢神宮の簡単な案内と御朱印帳が付いて、おまけに赤福も3つ食べられるとかなりお得なキップだった。

まずは伊勢市駅で降り、セオリー通りに外宮へ。そしてバスで内宮へ。こちらがメインのようでぎっしり混み合っている。

伊勢神宮が来年遷宮を迎えるということもあるのだろう。今回初めて、20年に一度、社を建て替える遷宮のことを詳しく知ることができた。内宮の本殿の隣では、大きな白い覆いがかかっていて中で社を建てているよう。

本殿だけじゃなくて、外宮も、そして境内や周辺にある別宮(14ある)も。別宮はまだ建設にとりかかる前なので今の社の隣に同じ広さの敷地が用意してあって、小さな社がある。神様は仮住まいをしないので、新しい社が出来上がってから、そちらに魂を移す。それが来年10月。壊した後の建材は鳥居や別宮に使われたり、伊勢神宮以外の神社や鳥居に使われたりして寿命を全うするのという。

定期的に建て替えることで、いつでも若々しいまま永遠に続く、というコンセプトはとてもユニークだと思った。20年に一度なので、ちょうど職人さんが見習い・中堅・指導役と育っていくことが出来るのだという。技術がずっと継承されていく。逆に言うと、継承されないと建て替え続けることは出来ない。世界に素晴らしい建造物は数あれど、今すぐ同じモノを建てられるかといったら出来なくはないけれど、ちょっと難しいだろう。でも、20年ごとに建て替わっているがゆえに、世界遺産にはならないのだとか。

同じモノを造り続ける。進歩がないとみる人もいるかもしれないけれど、造り続けるために必要なものを維持するのは思いの外、大変だ。1つには、かつては伊勢の山から木材を切り出していたけれど、山が荒れてしまって今は木曽から運んでいるという。伊勢の山では植林を行って、少しずつ伊勢の木の割合を高めているという。

建て替え続けられる社自体にはそれほど意味はなくて、建て替え続けることが出来るというそれ自体に価値があるのだと思った。お祭りもそうだ。お祭り自体の価値って、いまは観光でお金が落ちたりとかいろいろあるけど、本当は祭りをやるために人々が協力し、集団のなかのしきたりを身につけ・・・というところにあるのかもしれないと、岸和田のだんじりとか博多の山笠とか伝え聞くと思う。


私はそれほど信心深い人間ではないのだけど、高い木々に囲まれ、清流が側にある空間にとてもすがすがしい気持ちになった。1つ1つ順に手を合わせていくと、自分が何を祈ろうとするのかで、いま自分にとって何を大事なのかが分かる。
ちなみに本殿では社はほとんど見えません。門の外でお参りして、柵からのぞくだけ。

内宮ではガイドツアーに参加したので、遷宮のこと、何に使われる建物なのか(神事の前に宮司が身を清める場所とか、神様に供える食事のなかで、一番好きなアワビだけは社の近くで調理する場所とか!)2時間超にわたって丁寧な説明を聞くことができた。でも、どこもほとんど説明がないので、普通に歩いていると何の場所か分からないように思った。外国人もいたけど、英語表記なんて皆無。「ここは宗教施設であって、観光地じゃないんだね」と夫と話したが、同時に、江戸時代から「お伊勢参り」で栄える観光地でもある。

門前町は趣のある建物が並び、参拝客でぎっしり。お昼の定番は伊勢うどん。やたら太くて柔らかい麺に濃いいタレがかかっている。うどんといえば、シコシコの讃岐、ふぞろい麺にあっさり出汁の鳴門、ふにゃ麺の福岡、出汁が美味しくほどよい柔らかさの大阪・・・とご当地でいろいろ食べてきたけれど、これは新鮮。濃いいタレに卵が合いそうだと思ったので、翌日は伊勢市駅のそばで卵のせを食べた。

定番中の定番、赤福ももちろん。たっぷり歩いた後の「赤福氷」が沁みる。扉開けっ放しで茶屋風の雰囲気も美味しさを後押し。クーラーかけた中で氷出す店って信じられません。
門前町のなかほど、おかげ横丁へ折れる角にひときわ大きな切妻屋根の本店はある。おかげ横丁赤福が作ったというから、この位置取りは当然なんだけど。しかし、これほど圧倒的なブランドで一社独占の土産もなかなかない。八つ橋も製造元は複数あるし。偽装の影響はみじんも感じさせない。ほかの土産って売れるんだろうか。