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13.雪かきと紙コップ

思えば、出発前から「ロシアってロクでもない国だよなぁ」とぼやいていたのだった。

まず、短期間の観光でもビザが必要。
ビザをとるには、入国出国の飛行機や鉄道のバウチャーと、宿泊先ホテルのバウチャーを添えて申請書類を大使館に提出しなければならない。
・・・バウチャーってなんだ?

やむなく旅行会社に申請代行を依頼。
その会社を通じてホテルを予約し、パスポートを送ると、書類を作って大使館に申請してくれる。飛行機のチケットはオンラインで押さえていたので、「バウチャーってどうすればいいのか」と聞くと、いらないという。
???

代行申請できる旅行会社はロシア連邦観光省指定のところだけ。そこを通すとルールも変わるらしい。謎。代行経費は2人で1万円なり。ホテルは高いとこばかりで、ほかの街の倍した。モスクワは大都市だし物価高いというのはあるけど。ビザ発行は申し込みが出発2〜3週間前と早かったのでタダだった。受け取りまでの期間が短くなるほど料金が高くなっていって、翌日だと2万4000円。

最初は先輩の家に泊めてもらおうかともくろんでいたのだが、そうするとビザがややこしい上、ホテル分ぐらいお金をとられるらしい。

この面倒かつ不可解な過程で不信感が募っていたところ、ビザを貼ったパスポートが返送されてきた。同封されていたのが、「ロシア旅行の注意事項」という冊子。どれだけモスクワとサンクトペテルブルグの治安が悪いかということが縷々書き連ねてある。
スリグループは目星を付ける人、注意を引く人、財布を奪う人とその連携プレーは「速攻の早業」。飛行機でも預けたスーツケースがあけられて物色されていたりするらしい。パスポートは盗まれると再発行が面倒、でも、街中で警官に提示を求められることがある・・・ってどないせいっつーねん。
これは心してかからねばと、首下げポーチにパスポートとお金を入れたり、リュックにバンドを巻いたり、お金を分けたりと、タリンからモスクワ行き飛行機に乗る前にあれこれ身繕いしました。

実際、住んでいる先輩ですら、地下鉄でスリグループの被害にあったらしく、日本人仲間の間でも強盗にピストルで脅された(!)など物騒な話をよく聞くそう。無事に帰国できてよかった・・・。

この辺、ほんと先進国とは思えない。まがりなりにもG8の一角だぞ。「ソ連が崩壊した直後が一番よかったかもしれない。それから悪くなる一方」だと先輩は言う。崩壊でものすごく混乱はしたものの、まだ何かいい方向に変わるのではないかという期待があった。資本主義の悪いところだけ際立ってくると、混沌と殺伐さだけをもたらしたというマイナス評価に傾いていく。

犯罪も「自由に稼いでいい」の行き着く先なのかもしれない。貧富の格差が広がる一方であることも影響しているのだろう。資本主義の仕組みに、権力が織り混ざって、富む人は、それこそ日本の富んでいる人たちよりずっと豊かなのだという。

モスクワ大がある雀が丘に上って市街を一望した時、中心部からかなり離れたところに高層ビルが立ち並ぶ一角があるのが目に入った。工事途中のビルもある。
欧州では、スペインなどでも、今の債務危機でバブルがはじけて工事途中の建物がたくさんあるという話は聞いているけど、ここモスクワでは事情はちと違う。前モスクワ市長の肝いりで開発された新都心で、市長の奥さんが社長の建設会社が工事を請け負っていたけれど、その市長が失脚し、工事は途中でストップ・・・と。
奥さんが建設会社の社長、のあたりは、どこの日本の田舎やねんとツッコミたくもなる。

富んでいる人も政治と裏表だと、いつ足元救われるか分からない。なんでも好調の企業家が「脱税」で挙げられるのが、その人が失脚するサインだそうです。

その手のモラルハザードは蔓延していて、あとは店がちょっと流行ると、すぐさま警官が回ってきて、何がしかお金を払う羽目になる。断れば、なんかの罪状で挙げられかねないという暗黙の脅し。ヤクザか?
その話を聞いて、中国でも、消防署署長には月餅(お金入り)を贈っておかないと、建物の防災チェックが通らないのだと聞いたのを思い出した。署長は給料より賄賂で稼いでいるのだとか。

こうやって考えると、お役所は大きな権限を持っていて、役人個人の権限の使い方で世の中左右されるんだよなと改めて思う。取り締まり系のとこに限らず、許可でも何でも。日本はまともです。というと、贈収賄あるじゃんと言われそうだけど、でも、賄賂贈っとくのが普通、ではない。

よく「お役所仕事」とか「前例主義」とか揶揄されるけど、決まりとか前例とか、何か共通のベースに基づいて判断しないと、判断する人の裁量が入ってきて、行き着く先はいくら渡すかになってしまう。もちろん、現場では決まりで切り捨てられない、切り捨てたくない場合というのはあるだろうし、個々の事情に決まりで対応していくと、決まりは複雑怪奇で分かりにくいものになってしまう(現状、そうなっている)。
裁量も時に必要だけど、不公平にならないか葛藤して、それでも自分の責任でこれはやろうと腹を括れる公務員にだけ使ってほしいというのが贅沢な願いです。

閑話休題

ロシアに比べると、振り返ってポーランドやバルト3国は割にうまく移行できたといえるのかもしれない。社会主義を押しつけられた状態から、自力で踏み出したという経緯も影響しているのかも。

それでも、町中の両替所とかでは紙コップを置いて座り込んでいる人を見かけた。障害者であることも多い。夫はヴィリニュスの道ばたで若い男の人からいきなり「お金くれ」と声を掛けられたと言っていた。身なりは普通の人。
フランスでも銀行のATMの前でよく見た。日本でも大阪に来て駅で見かけて驚いた。日本ではホームレスは見るものの、物乞いする人はあまり見かけたことがなかったので・・・。

それは旧社会主義国だからどうこうというわけではないのかもしれないし、途上国ではもっと多いだろう。それでも、その光景がどうにも引っかかったのは、出発前に読んだ『革命後の風景』という本の一節を思い出していたから。

冷戦後のポーランド、バルト3国、モスクワをルポした本で、ポーランドで貧富の格差が広がっている様子を綴ったあとに、こう結んでいる

「とはいえ、国民のなかから旧体制である「社会主義」に戻ろうという声はほとんど出ていない。なぜなら家畜のような人生を拒んだポーランド人はみな、貧富の差が生じることを承知のうえで、自分たちが選んだ政府に「資本主義の舵とり」を求めたのだから」

“みな”が、“承知のうえ”で、求めたのだろうか?
社会主義の独裁的で自由がない社会を拒んだことは確かだけど、その先の「貧しい者はますます貧しくなる」ことを、当の貧しくなる人々に「あなたが選んだのでしょう」と言い切る気にはなれなかった。

かつて、ワルシャワの町中では、お年寄りたちが大勢雪かきをさせられていたという。「能力に応じて働く」という共産主義の理念のもとではお年寄りも例外ではないというわけです。唯一、出会った日本人旅行者(夫がシャウレイの十字架の丘で一緒になり、リーガで食事した)が、80年代に東欧・ロシアを旅行した時に印象に残った光景だと話してくれた。

乞食はいないというのが社会主義の建前だけど(実際にはそんなことなかっただろうし、建前を守るためにはどこか収容してしまうしかない)、そのためには、強制労働的なことが起きてくる。
でも、いまの資本主義の世の中にもその要素は入り込んでいるわけで、決して遠い世界のことではないと思う。例えば日本の生活保護についてのあれやこれやを見てると、ボランティアの義務づけとか、現物支給とか、それ行き着くとこ強制労働&収容所じゃないの・・・と思ったり。

ちなみに、その人は今回、バルト3国、ウクライナベラルーシ旧ソ連国という旅程で、最もソ連時代の雰囲気を残しているのがベラルーシの首都ミンスクだと言っていた。がぜん興味が沸いてくる。

次回はシベリア鉄道に乗って、ミンスク、そしてウクライナキエフも回るか・・・

これだけひどいひどいと書き連ねてきて、もう一度訪れたい街ナンバーワンがモスクワだというのも、なんなんだかよく分からない、解釈しきれない不可解さに惹かれるゆえんだと思う。「ロシアは頭では理解できない」という言葉は、まさに至言。まだほんの少し触れただけだけど実感した。

ポーランド、バルト3国は、ストーリーとして描けるものがあるけれど、それに比べて、ロシアはストーリーで回収できないものを感じる。ストーリーとはいっても、ポーランド、バルト3国だって、ポーランドもバルト3国に攻め込んでいたり、ナチスソ連に同調する人がいたりと、決してその歴史は「受難と独立」でまとめられるものではないのだけど。

なんかまとまりがなくなってしまった。(これまでも?)
写真は、モスクワの駅前。街中でやたら工事中のところが多い。すぐそこのホテルまで行くのに、ぐるりとロータリーを迂回。日本の感覚で年度末か?と思ってしまったが、年中こうらしい。
いつまでも終わらず、いつ終わるのか分からない工事が続いている、のだとか。

帰国から1カ月経ってしまったけど、予定ではあと3回で完結です。