読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

9.安らかに眠れない

かつて経済誌編集部で「葬式・墓」特集を担当した時、先輩が取材した、ある墓地の写真に驚いた。なんでもペットが一緒に埋葬されているらしく、「愛犬と共に永遠に」と大書してある。犬の像がついた墓も。昔ながらの縦長の墓だけじゃなく、横長だったり、もっと凝った形だったりして、墓にもバリエーションが出てきているのだなぁ・・・と感慨にふけったものだが、そんなの些細な違いだと一笑に付すインパクトがモスクワの墓地にはあった。奇抜さ、独創性。いやほんとすごかった。

世界遺産、ノヴォデヴィチ修道院の裏にある墓地。

入ってすぐ驚いたのは、やたら人が多い。人といっても見物客じゃなくて石。
墓石に顔が、写真や石彫りで浮き出ているのです。
だんだん奥にいくと、浮き出すどころじゃなく、墓石のうえに胸像が乗っているものも増えてくる。ほぼ全身像のものもある。軍服姿のいかめしい顔ばかりで、どうも軍人さんが多いよう。双眼鏡を持っていたりと在りし日の姿をリアルに移している感じ。勲章もたくさんつけています。墓石に刻んである生年と死去年から計算すると、亡くなったのは明らかに退役後の人が多い。

いちばん激しかったのは、頭の上にミサイル発射台がついた全身像です(右)。目線の方向はアメリカか?死去が1970年代だったから、むべなるかなではあるけど。
とても安らかに眠っているとは思えない。

有名人もたくさん眠っている。


エリツィン元大統領はロシアの国旗色。通路にどーんと。
国を壊して混乱させたとして国民には嫌われているものの、プーチンを後継指名した人物ゆえに、墓の扱いはとても丁重というのが案内してくれた先輩の解説。
一方、フルシチョフの墓はこじんまりとしていた。

文豪チェーホフの墓は白い塔に十字架、横置きの墓石とセンスがいい感じ。
芸術家系では、バレリーナの像や、舞台の一場面のような2人が組み合わさった像。数式や楽譜が書いてある墓もあった。両手で赤い石を抱えたようなのとかオブジェ的なものも。
とにかく広いし、つい足を止めてしまうユニークな墓ばかりで、ここだけで半日はいられそう。

しかし、軍人さんの讃えられっぷりというのもすごい。自分で建てているのか、国が建てているのかというのは分からないけど。
この墓のバラエティをみていると、国がこの墓地に入っていいか決め、その場所にどんな墓を建てるのかは遺族(あるいは故人)の自由・・・という感じなのだろうか。
戦争で命を落としたかどうかに依らず、国に命を賭したのだから讃えられるのはもっともではあるけど、アメリカでもアーリントンの戦没者墓地とかあるけど、このモスクワの墓地には、1人1人を悼むというのとはちょっと違うものを感じた。あの胸像の立派さや勲章の目立ち度には・・・。

モスクワのメトロでみた光景を思い出す。
車両のまんなかを車いすの男性がゆく。両足はない。迷彩柄の軍服(ブレザーのいかついやつじゃなくて、作業着タイプの方)と帽子姿。40代ぐらいにみえる。胸のあたりに箱を持っていて、周りの乗客はそっと小銭を入れる。
ほんとに元軍人なのかは分からない。でも、ロシアは、かつてのアフガン、最近ではグルジアチェチェン、とずっと戦争をやっている国。その現実をモスクワの街中で垣間見たように思った。

軍人をこんなに讃えるのなら、なんで怪我を負った人があんな目に遭うのか。

そういえば、もう1人安眠していなそうな人がいた。レーニンさんです。

モスクワの中心にある「赤の広場」。政治の拠点であるクレムリンの城壁を背にしている。レーニン廟はその中ほどにあって、防腐剤を入れるエンバーミングを施した遺体がそのまま展示してある。本人の意思ではないそうなんだけど、ソ連建国者として神格化された。今は行列の出来る観光名所です。

それだけで安らかに眠れなそうだけど、さらに。

私たちがモスクワ市内を歩いたのはちょうど「ロシアの日」という祝日の前日でした。赤の広場では、翌日に大がかりなイベントをやるらしく、リハーサルの真っ最中。立ち入り禁止でレーニン廟にも入れず。
しょうがないので柵にかじりついたり、城壁の反対側にある百貨店のテラスでお茶を飲んだりしながら赤の広場を眺めていたけれど、このリハーサルの音がうるさいのなんのって。ロック・コンサートのようだけど、超大音響で、会話が出来たもんじゃない。けばけばしい色使いのステージがまさにレーニン廟の真ん前に設えてある。写真にはレーニン廟は角っちょしか映っていない。

しかし、こんなにうるさきゃたまらんよなぁ。死後、スターリンの恐怖政治が行われ、そしてソ連は消滅、今は目の前で西側音楽が鳴り響くさまを眺めて彼は何を思うのだろう。

ロシア人は大音響が好き・・・というのは、あとでレストランに入った時にも店内生演奏の大きさに思い知らされる。赤の広場の音響のすさまじさに耳が慣れたせいか、「まだ大声で話せば聞こえるだけマシですよね」と耳を近づけながら大声で会話する。レストランの一角にはテーブルが置いてないスペースがあって、夜も更けてくると、音楽に合わせてダンスするそうです。