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7.十字架の街、変顔の街

まだまだ旅行記続きます。半分もいってない(!)

リトアニア・ヴィリニュス、ラトヴィア・リーガ、エストニア・タリン。
バルト三国、とひとまとめにされるけど、3つの国(の首都)はそれぞれ違う顔を持つ。3つの街をまわってみて、分かったこと。
教会の塔に城壁、と中世の面影を残し、石畳の小径が入り組んでいて散歩が楽しいというのは3つの街に共通しているのだけど。
駆け足だったけど、どこか飛ばそうと迷った末、欲張りに詰め込んでよかった。

ヴィリニュスは十字架の街。
どの小径を歩いていても、視界に屋根の上の十字架が目に入る。教会も多いけど、教会だけでもない気が。
今、この見える範囲に十字架いくつあるんだろうと思うほど。
どれも、十字の先に飾りがついていて、十字の縦横も太線ではなく、飾り線。1つ1つ違う。3国のなかでリトアニアだけがカトリック(ほかの2国はプロテスタント)で信仰が篤いよう。

ヴィリニュスから鉄道で2〜3時間かかる郊外の街シャウレイのはずれに「十字架の丘」という場所がある。大は背より高く、小は手の平サイズとさまざまな十字架がところ狭しと建つ小さな丘。ここは別行動の日に夫だけが行きました。
十字架だけどお墓ではなくて、最初は19世紀のロシア統治時代に蜂起して処刑された人々のために建てられ、ソ連時代には壊されてはこっそり建て、を繰り返していたそう。

別行動というのは、私が前日のヴィリニュス街歩きの途中、バテてカフェで休憩していたことに端を発します。夫はその間せっせと歩き、翌日も予定通り早朝にシャウレイに出立。私は朝寝坊し、のんびり街を歩いてから直接、次のリーガに向かって、夜に落ち合ったという次第です。
どこかで別行動を入れた方がいいだろうとは話していたけど、それがけっこう早く来た。計画を立てた時から、「シャウレイ経由はきつい」と思って、プランBとしてリーガ直行バスを調べておいたら、自分だけが乗ることになるとはね。

ヴィリニュスの街中だけでも、リトアニアが「十字架の国」というのは感じられました。写真には、十字架がはっきり映っていないんだけど、1枚のなかにもたくさんあるはずです。紛らわしいアンテナもあるけど・・・。

リーガは変顔の街。
建物にいきなり人の顔がついているから。それも変な顔。
どれもギリシャ彫刻のような端正な表情ではなく、どこかシュールなのです。見上げた玄関の上とか、柱の継ぎ目とか脈絡ない。くねった裸女だったり、子どもが柱を支えるポーズとってたり、とにかく妙な像ばかり。しかも、普通にお店とかに使われている建物に。

なんでも「ユーゲントシュティール建築」という19世紀後半に欧州で流行った芸術様式で、リーガには黄金期(=最もデコラティブ)を代表する建築家がいたので建物が集まっているそうです。
新市街には変顔建築ばかりのアルベルタ通りというのがあるんだけど、そこだけでなく、旧市街でも、バスで通ったオフィス街でも、探さなくても眺めていると「あっ」と気づくレベルで遭遇する。

写真はホテルを出てすぐ、「よう」と挨拶する仲だったおじさんです。リーガを街歩きナンバーワンに挙げるのは、この変顔探しが面白すぎたというのが大きい。ずっと上を向いていたので首が痛くなったけど。

タリンはファンシーな街。パステルカラーの色使いとか建物の造りとかが。けっこう観光地化されているというのもある。民族料理やでは民族衣装姿のウエイトレスがにっこり微笑み、街角でも民族衣装で演奏してる。民芸のお土産物やなんかも多いし。フィンランドヘルシンキまで船で2時間、日帰りできる距離というのもあるんだろう。

今は美しいバルトの街々も、ソ連時代にはくすんでいたという。リーガなど「バルトのパリ」→「零落した貴婦人」だったそうだけど、想像がつかない。
趣の異なる3つの街に共通していること。
それはソ連統治そして独立の記憶。というか記録。

街並みから気づくところはないのだけど、どの街にも占領博物館がある。
バルト3国はロシア革命後に独立するも、第二次大戦中、再びソ連の支配下におかれ、ナチスが来て(ゲットーや収容所もあった)、そしてソ連に併合される。博物館には抵抗者のシベリア流刑、KGB(政治警察)の監視・・・と大量の写真や映像、当時の手紙やなんかが展示され、歴史を綴る。ソ連に抵抗して戦い、命を落とした人々が讃えられている。
ヴィリニュス、リーガで占領博物館に入ったけれど、シベリアの強制労働キャンプやKGBの牢獄がアウシュビッツを彷彿とさせた。ナチスから解放したのはスターリニズムソ連だったというのは、絶望の先の絶望、なのだろうか。

バルト3国で起きた独立への動きは、ソ連崩壊の口火を切る。
ヴィリニュスの広場には、1989年に3カ国を結んだ600キロの人間の鎖の始点が1枚の敷石で刻まれている。
リーガには、独立運動のさなかソ連の攻撃を受けて犠牲者を出した事件を記録する「バリケード博物館」があった。今、散歩してきた広場に人々が集まって、たき火で暖をとり、小径をバリケード封鎖していたという様子が模型で再現されている。20年前のこと。

展示をみていると、国旗が街のあちこちに掲げられているわけもわかる。
ソ連時代は掲げることの出来なかったという国旗。近づくことも許されなかったという自由記念碑。国が独立するという、日本だとあまり思い及ばないことの重みを感じる。

ちなみに、ヴィリニュスの広場の始点だった敷石には、「Stebuklas(奇蹟)」と書かれていて、その上で反時計回りに3回まわりながら願い事をするとかなう―と地球の歩き方にある。
もちろんグルグルやってみた。そうしろとは書いてなかったけどなんとなく目を閉じてしまう。その後、しばらく眺めていたら、子連れの家族、放課後の学生・・・と入れ替わり立ち替わりやっている。人が1つのところで回るのを眺めるのはずいぶんと微笑ましいものだと思った。